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プロジェクト研究

コラム 『変わらないものと変わるものとを分別する思考の効能』

水師 裕

国内のビジネススクール的なものに通いたい動機は実務家によって千差万別であろう。私の場合は研究論文を書きたいというのが大学院進学の動機のひとつだった。当初この動機は漠然としたものであったが,実際に研究論文を執筆してみた結果,自分がなぜ書きたいと志望したのかが事後的に判り,その効能も実感できた。それは以下のような経緯による。

普段,仕事をしていると,いまひとつ理解できない考え方に出くわすことがある。その考え方を発信する当の本人は,単に自分の経験を一般論であるかのような言い方で押しつけてくる場合があるので,この単なる経験にもとづいた考え方(これを「実務家の持論」と呼ぼう)が論理的に理解不能な内容であった場合,これを受け取る側にとってみれば始末が悪い。

このような理解不能な考え方に出くわした場合には,本人に聞き返すか,他の人に聞いてみたりして何とか理解を深めようとするが,結局その人が言いたかったことが判らずじまいのときもある。もしあまりにも理解不能な場合であっても,しつこく聞き返すと過度に嫌われてしまうため,この局面がコミュニケーション上のリスクになる場合すらある。したがって,理解不能な考え方がそれほど重要でないと判断されれば、そのままにしてしまうこともあるだろう。

しかしながら,理解不能な考え方が本当に重要なものであったのかどうかは自らの主観で判断されるので,その自らの判断に確信が持てるものではない。このため,結果として,この状態はあまり気持ちの良いものにはならない。それでも,日々の仕事の中でいちいちそのような自らの判断を省みる余裕がない場合は往々にしてある。実務においては,このようなディスコミュニケーション状態の解消に時間を割くよりも,目の前にある仕事を実現するスピード向上のほうが重要であると主張する人も存在するからである。

実務家の持論に出くわし,どうしてもその内容が理解できないまま仕事を前に進めざるを得なかった場合に,何か大切なものを置き去りにしてきたかのような違和感を覚えることが私にはあった。そして,この違和感の原因を論理的に説明できないことにもどかしさを感じていた。このもどかしさの解消こそが,大学院に通いたい動機の源泉となったと思われる。

仕事をしながら大学院で研究論文を書く行為を通して定着したのは,変化しないものと変化するものとを絶えず分別しようと試みる思考の働きであった。これは,何について語ることが変わらないものについて語ることであって,何について語らないことが変わらないものについて語らないことであるのかという自問自答のことをいう。この思考の働きは,実務と理論を強制的に架橋したり切り離したりする試行錯誤を通じて得られることが判った。この強制的な営みを集中的に一定期間継続させるということは,私の場合,仕事をしながら大学院に通い先生に厳しいご指導を賜りながら研究論文を書くという状況設定においてのみ可能であった。

この経験を通じて,対象を構成する要素の中において何が普遍的で何が普遍的ではないのかという思考の働きが身体の一部のように定着してくると,実務家の持論に遭遇した場合,語り手のメッセージの中に含まれる内容について,変わるものと変わらないものを分別して受容し,論理的に対応できる心のゆとりを獲得できたことが実感されてくるのである。これが私にとっての最大の効能であったといえる。

 

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